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医療連携による教育・研究活動
本学薬学部と医療機関との臨床共同研究の成果について
神戸市立医療センター中央市民病院との研究・教育活動
本学薬学部と神戸市立医療センター中央市民病院は、これまで多くの臨床研究を共同して行ってきました。その成果の一部についてご紹介します。
共同臨床研究
本学薬学部と神戸市立医療センター中央市民病院では、本学の測定機器を活用したり、連携教員が研究に参画するなどし、共同臨床研究を推し進めています。
① 抗MRSA薬ダプトマイシンの血中濃度モニタリング
抗MRSA薬であるダプトマイシンは、トラフ濃度が高い(>24.3µg/mL)場合に、副作用としてクレアチンフォスフォキナーゼ(CPK)上昇のリスクが高いことが報告されています。しかしながら、近年ではダプトマイシンの高用量投与(>6mg/kg/day)の有効性や忍容性が示されており、その関係性については十分に理解されていません。そこで、神戸市立医療センター中央市民病院においてダプトマイシンが投与された患者52名の血中濃度を測定したところ、ダプトマイシンのトラフ濃度が高い場合においても必ずしもCPK上昇は生じておらず、ダプトマイシンは高用量投与でも十分に安全に使用できる可能性が示唆されました。また、一部の患者では十分な薬物血中濃度に達していないケースがあったことから、有効性を確保するためには、血中濃度モニタリングが有効な可能性が示されました。
【論文】Ando M, Nishioka H, Nakasako S, Kuramoto E, Ikemura M, Kamei H, Sono Y, Sugioka N, Fukushima S, Hashida T.Observational retrospective single-centre study in Japan to assess the clinical significance of serum daptomycin levels in creatinine phosphokinase elevation. J Clin Pharm Ther. 45(2):290-297, 2020
② ICU入室患者におけるストレス潰瘍予防薬投与プロトコール
ストレス潰瘍による消化管出血は、集中治療室(ICU)のような特殊環境で生じることがしばしば問題となります。しかしながら、その予防方法はガイドライン等でも定められておらず、各医師の判断で予防薬投与の有無や方法を決定していました。そこで、神戸市立医療センター中央市民病院の救急部併設ICUに常駐する薬剤師が医師と相談し、ストレス潰瘍予防薬投与プロトコールを作成しました。このプロトコールは、患者のリスク因子に応じて、H2ブロッカーやプロトンポンプ阻害薬の投与適応や投与ルート、投与量などを取り決めたものです。本プロトコールの導入により、ICU患者における上部消化管出血の発現頻度は、4.3%から0.8%に有意に低下しました。ストレス潰瘍予防薬投与プロトコール導入の有用性が示されました。
【論文】Ikemura M, Nakasako S, Seo R, Atsumi T, Ariyoshi K, Hashida T. Reduction in gastrointestinal bleeding by development and implementation of a protocol for stress ulcer prophylaxis: a before-after study. J Pharm Health Care Sci. 1:33, 2015
③ 重症COVID-19患者におけるファビピラビルの薬物動態の検討
2019年12月から世界中に拡大したCOVID-19の治療に緊急的に使用された抗ウイルス薬ファビピラビルは、新型インフルエンザのパンデミックのために備蓄されていた薬剤であり、これまでほとんど臨床現場で使用された経験がありませんでした。また、COVID-19患者における薬物動態も十分に検討が行われないまま治療に使用されていました。そこで、神戸市立医療センター中央市民病院に入院したCOVID-19患者におけるファビピラビルの薬物血中濃度を測定し、検討を行いました。その結果、人工呼吸器を要する重症COVID-19患者においてファビピラビルは、COVID-19の治療として十分な薬物血中濃度に達しておらず、治療を行う上で重大な懸念があることが示唆されました。
【論文】Irie K, Nakagawa A, Fujita H, Tamura R, Eto M, Ikesue H, Muroi N, Tomii K, Hashida T. Pharmacokinetics of Favipiravir in Critically Ill Patients With COVID-19. Clin Transl Sci. 13(5):880-885, 2020
若手薬剤師や薬剤師レジデントの臨床研究の支援
神戸市立医療センター中央市民病院では、薬剤師が積極的に臨床研究に取り組んでいます。しかし、経験の少ない若手薬剤師や薬剤師レジデントにとっては、一から臨床研究を始めることのハードルは高いものです。そこで、本学の連携教員が研究計画や統計解析、学会発表などについて指導を行っています。このことによって、臨床現場の薬剤師の研究能力の向上とともに、臨床的な問題について臨床研究を通じて解決することにより、よりよい薬物治療の提供にも貢献しています。この研究指導においては、『研究テーマ進捗状況報告書』を作成・運用しています。その活用についての以下のように論文を公表しています。
【論文】池村舞、安藤基純、橋田亨.薬剤師が取り組む臨床研究への支援方法の提案.薬学教育.1: 93-100, 2017
また、以下の神戸市立医療センター中央市民病院の薬剤師の論文では、研究計画や統計解析、論文の執筆に本学連携教員が協力しています。
【論文】Yamamoto H, Ikesue H, Ikemura M, Miura R, Fujita K, Chung H, Suginoshita Y, Inokuma T, Hashida T. “Evaluation of pharmaceutical intervention in direct-acting antiviral agents for hepatitis C virus infected patients in an ambulatory setting: a retrospective analysis.” J Pharm Health Care Sci. 4: 17, 2018 doi: 10.1186/s40780-018-0113-3
【論文】楠田かおり、西岡弘晶、池村 舞、西岡和子、東別府直紀、橋田 亨『ペクチン含有濃厚流動食の下痢改善効果に対する胃酸分泌抑制薬の影響』日本静脈経腸栄養学会雑誌 32(2): 988-991, 2017
【論文】杉山有吏子、池村 舞、奥貞 智、岩倉敏夫、橋田 亨『1型糖尿病患者における既存持効型インスリンからインスリンデグルデクへの変更による血糖コントロールの評価』医療薬学 42(8): 562-568, 2016
【論文】Miura R, Hirabatake M, Irie K, Ikesue H, Muroi N, Kawakita M, Hashida T. Safety evaluation of enzalutamide dose-escalation strategy in patients with castration-resistant prostate cancer. Urol Oncol. 39(4):233.e15-233.e20, 2021
卒業研究としての臨床研究
本学の薬学部では、卒業研究の一環として、神戸市立医療センター中央市民病院における臨床研究に取り組んでいます。本学の連携教員が、現場の薬剤師に研究指導を行っている際に、彼らの研究の取り組み方や論理的思考力に個人差が大きいことを実感しました。そこに、大学や大学院での研究経験が関与している可能性を考え、神戸市立医療センター中央市民病院の薬剤師を対象にアンケート調査を行いました。その結果、研究経験が豊富なほど、論理的思考力や薬剤師としての業務遂行能力が高い傾向にありました。卒業課程ごとに集計を行ったところ、テーマについて考えた割合、研究室内での文献やデータの発表回数、学会発表回数など、ほとんどの項目で、在籍年数が長いほど経験値が高かったですが、同じ6年の教育課程でも、旧4年制薬学部卒業後に修士課程を修了した人と比較して、6年制薬学部を卒業した人では、研究経験が少ない傾向にありました。これは、6年制薬学部では、薬学共用試験対策や長期実務実習などにより、まとまった時間をとるのが難しいこと、また指導教員や設備の問題により研究に取り組めない学生がいることが考えられます。
大学・大学院の研究室で文献紹介をした回数。概ね在籍年数が長いほど発表回数が多いが、旧4年制+修士課程修了と比較して、同じ年数の6年制卒では、発表回数が少ない。
左から、旧4年制卒、6年制卒、旧4年制卒+修士課程修了、旧4年制卒+修士課程+博士後期課程修了、旧4年制卒+社会人大学院修了または在籍中。
【論文】池村 舞、橋田 亨.Pharmacist-Scientists の育成を目的とした修了課程に基づく研究経験の評価.Yakugaku Zasshi. 136(1): 131-137, 2016
本学では、学生が限られた時間でも研究に取り組めるよう体制を整えるとともに、希望する学生に対し、神戸市立医療センター中央市民病院において卒業研究に取り組む機会が提供されています。臨床現場の問題点について、現場の薬剤師と意見交換をしながら、診療録を用いた調査などに取り組むことにより、実践的な問題解決能力を身につけることができ、将来、臨床現場で活躍できる高い能力を持った薬剤師の育成を目指しています。
以下の論文は、本学で卒業研究として取り組んだテーマ(臍帯血移植を受けた患者におけるタクロリムスの母集団薬物動態解析)について、卒業後に発表したものです。
【論文】Yoshida S, Fujimoto A, Fukushima K, Ando M, Irie K, Hirano T, Miyasaka M, Shimomura Y, Ishikawa T, Ikesue H, Muroi N, Hashida T, Sugioka N. Population pharmacokinetics of tacrolimus in umbilical cord blood transplant patients focusing on the variation in red blood cell counts. J Clin Pharm Ther. 46(1):190-197, 2021
臨床現場の問題を解決するリバーストランスリサーチ
本学では、臨床現場の問題について基礎研究によって解決することを目指したリバーストランスリサーチを行っています。神戸市立医療センター中央市民病院における様々な薬物治療の問題点について細胞実験や動物実験を用いて検討します。例として、糖尿病患者では、がんによる死亡率が高いことが問題となっています。そこで、高血糖モデルマウスにおけるオキサリプラチン・フルオロウラシルの有効性について評価を行いました。本研究では、がん化学療法の有効性に着目し、高血糖モデルマウスを用いて、抗がん剤による抗腫瘍効果と生存期間に及ぼす影響について検討しました。ストレプトゾトシン投与により作製した高血糖モデルマウス、対照の正常血糖モデルマウスに、マウス大腸がん細胞を移植し、その後、オキサリプラチン・フルオロウラシルを投与しました。その結果、正常血糖モデルマウスでは、抗がん剤の投与により、がんの増殖が抑制されましたが、高血糖モデルマウスでは、ほとんど抑制されませんでした。また、生存期間については、高血糖モデルマウスでは、がんの有無によらず、正常血糖モデルマウスと比較して、短くなりました。これらのことから、高血糖状態では、オキサリプラチン・フルオロウラシルの効果が乏しい可能性が示唆されました。
がん細胞を移植し、抗がん剤投与された、モデルマウスにおける生存期間
△:生理食塩水投与正常血糖モデルマウス
▲:オキサリプラチン・フルオロウラシル投与正常血糖モデルマウス
□:生理食塩水投与高血糖モデルマウス
■:オキサリプラチン・フルオロウラシル投与高血糖モデルマウス
【論文】Ikemura M, Hashida T. Effect of hyperglycemia on antitumor activity and survival in tumor-bearing mice receiving oxaliplatin and fluorouracil. Anticancer Res. 37(10): 5463-5468, 2017
大阪大学医学部附属病院との共同研究の成果
①頭頸部癌の化学放射線療法下の口腔粘膜障害に対するL-グルタミンの有用性に関する臨床研究―ランダム化プラセボ対照二重盲検並行群間化比較試験
頭頸部は呼吸、食事、発声などの重要な機能が集中しているため、障害が起きると直接QOLに影響する。このため、近年では機能温存のため、外科的手術の代替として化学放射線療法が施行されることが多い。しかし、その有害事象である口腔粘膜炎(咽頭・喉頭を含む)が多発している。口腔粘膜炎の予防や治療は未だ確立されていない。そこで、本件では、頭頸部癌患者を対象に、化学放射線療法の有害事象である口腔粘膜炎に対してグルタミンを投与し、粘膜炎の重症度を軽減できるかどうかを検証するために、プラセボコントロール二重盲検二群間並行ランダム化比較試験を行った。大阪大学医学部附属病院耳鼻咽喉科頭頸部外科において、2010年5月より2013年6月までにシスプラチンとドセタキセルを用いた化学放射線療法が施行された未治療の頭頸部癌患者40名を対象とした。20名ずつ、グルタミン群とプラセボ群にランダムに割りつけ全治療期間に渡り、グルタミンもしくはプラセボを1回10g、1日3回、服用直前に水に溶かし服用した。主要評価項目は治療期間における口腔粘膜炎の重症度の評価であり、そのツールとしてNCICTCAE ver.3.0を用いた。副次評価項目としては、患者の主観的痛みの評価(NRS)、麻薬性鎮痛薬の使用期間、経管栄養の施行期間を評価した。その結果グルタミン群はプラセボ群と比べて有意に口腔粘膜炎の重症度を低下させ、特に最も重症度の高いGrade4の粘膜炎を発生させなかった。さらに、6週間にわたる治療期間で粘膜炎が最も重症化する5週目から6週目の重症度ならびに、同時期の患者の主観的疼痛スコアを有意に低下させた。またグルタミン群はプラセボ群と比べて麻薬性鎮痛薬の使用期間と経管栄養の施行期間が短い傾向にあり、粘膜炎による治療休止症例も皆無であった。臨床試験の結果、グルタミンの投与により、頭頸部癌患者の化学放射線療法による口腔粘膜炎の重症度が有意に軽減されることが示された。
【論文】Tsujimoto T, Yamamoto Y, Wasa. M, Takenaka Y, Nakahara S, Takagi T, Tsugane M, Hayashi N, Maeda K, Inohara H, Uejima E, and Ito T. L-glutamine decreases the severity of mucositis induced by chemoradiotherapy in patients with locally advanced head and neck cancer: a double-blind, randomized, placebo-controlled trial. Oncology Reports. 33(1):33-9, 2015.
②救命救急症例における予後予測因子としての血漿グルタミン値の意義
高度侵襲症例では、高サイトカイン血漿に伴い体タンパクの異化が亢進し、特徴的なタンパク、アミノ酸代謝を呈し、血漿アミノ酸値は、患者の病態把握や栄養管理法を決定する上で重要な意義を持つ。グルタミンは最も豊富に存在するアミノ酸であるにも関らず、高度侵襲下では、その需要が増大し、グルタミンは欠乏し、結果として、グルタミンの血中濃度は低下する。そこで、本研究では、高度救命救急センターに入室した患者を対象として、血漿グルタミン値の測定結果から、予後や病態の把握のためのバイオマーカーとしての可能性を検討した。2004年7月より2012年3月までに大阪大学医学部 附属病院高度救命救急センター(TACCC)に入室し、グルタミンが測定された症例214名を対象として、レトロスペクティブに診療録の調査を行った。原因疾患は、敗血症45%、外傷14%、循環器系疾患9%、劇症肝炎10%、熱傷4%、その他18%で、生存例は69%、死亡例31%であった。血漿グルタミン値を解析した結果として、高度救命救急センターでは、血漿グルタミン濃度が400nmol/mL未満の患者群(L群)と、700nmol/mL以上の患者群(H群)は、400以上700nmol/mL未満の患者(M群)に比べて有意に死亡率が高かった。また多重ロジスティック回帰分析によるモデルの構築の結果、血漿グルタミン濃度が患者アウトカムの有意な予測因子であることが検証された。また、血漿グルタミン値の経時変化の解析結果より、治療の経過の中で、血漿グルタミン値が基準値に回復した場合、その生存率が上昇する傾向が見られた。本研究では、単変量解析、多変量解析の両方の結果からグルタミンは患者アウトカムの有意な予測因子であることが示されるとともに、高度侵襲症例において、血漿グルタミン値が低値であることと高値であることの両方が患者アウトカムのリスクファクターとなることが確認され、さらに、グルタミン濃度を再評価することが患者のアウトカムをより正確に予測することにつながる可能性を示唆した。
【論文】Tsujimoto T, Shimizu K, Hata N, Takagi T, Uejima E, Ogura H, Wasa M, Shimazu T. Both high and low plasma glutamine levels predict mortality in critically ill patients. Surgery Today, 47,1331–1338, 2017.
医療連携実行委員会業績
過去の「大学-医療連携講演会」プログラム
講演会の様子はトピックスよりご覧ください。
- 第1回 薬学における大学-医療連携の重要性-Pharmacist-Scientistsを目指して-(2013/6/17)
- 第2回 -臨床データの解析を成果につなげる-(2013/12/2)
- 第3回 -連携に基づく臨床研究の広がりと深まり-(2014/7/4)
- 第4回 -From Bedside to Bench, from Bench to Bedside-(2014/12/1)
- 第5回 -Positioning of the pharmacists in palliative care-(2015/6/10)
- 第6回 -患者のQOL向上のために-(2015/12/4)
- 第7回 海外招聘講師による講演(2016/3/4)
- 第8回 海外招聘講師による講演(2016/6/20)
- 第9回 -基礎と臨床をつなぐ研究の新展開-(2016/7/4)
- 第10回 海外招聘講師による講演(2016/10/31)
- 第11回 -教育的介入を科学する-(2016/12/16)
- 第12回 -医療統計 使える統計学と事例紹介-(2017/6/16)
- 第13回 海外招聘講師による講演(2017/6/23)
- 第14回 海外招聘講師による講演(2017/10/26)
- 第15回 -病態生理・薬物治療の影響因子とその制御-(2017/12/4)
- 第16回 -Role of the pharmacist in the treatment of pain痛みの治療(ペインクリニック)における薬剤師の役割-(2018/7/27)
- 第17回 薬学部臨床薬学教育研究センター設立記念キックオフシポジウム-医療力の高い薬剤師を育成する揺籃を目指して-(2018/9/12)
- 第18回 -地域に関わる薬剤師の役割-(2018/12/7)
- 第19回 -未来の医療に繋がる薬学研究-(2019/6/17)
- 第20回 -科学的な薬物治療に向けての大学-医療連携-(2019/12/2)
- 第21回 -COVID-19の感染対策、診療と臨床研究-(2021/2/15)
- 第22回 -パーキンソン病治療を考える-(2021/6/7)
- 第23回 -こころの病を考える-(2021/12/2)
- 第24回 -連携を活かした患者QOLの向上-(2022/6/3)
- 第25回 -大学と医療が連携して目指す一人ひとりの健康最大化に資する研究-(2022/12/9)
- 第26回 -臨床研究における医療ビッグデータの利活用-(2023/6/16)
- 第27回 -Pharmacist Scientist が拓く薬物治療の未来-(2023/12/18)